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2026年11月1日

1 1月になりました。金沢は冷える時間帯も増えてきて、そう遠からず冬という感じです。 9月10月は、かなり忙しい日々でした。教育が中心となって忙しい期間ですが、この時期に著者校正も複数あり、そういう面で振り返る期間にもなりました。 いずれも来年3月末くらいまでに公刊されるようです(本一冊まるごと書いたというのではなく、部分担当ばかりですが)。またお知らせします。 先月の検査で、12月下旬の手術・入院が決まりました。5年以上前から定期的に数値を見て、検査をして、ということを繰り返してきたので、ひと区切りついたという実感です。すぐに手術ということでないところからもわかるように、さほどのことでもないようです。とはいえまあ終わるまではねという感じです。 詳しいことは言いませんし、お答えしません。いろいろ情報が入っても面倒ですし。じゃあなぜ言うのかというと、それもそうですねということなのですが。まあ時々する報告・記録の一環です。 ここから年末までの2か月も、変わらず忙しいのだろうと思います。とはいえ、休む時間もけっこう作っています。 休む時間が多いからそうでないときに忙しいということでもあり、ひとつの仕事に時間をかけすぎるからということもあるのでしょう。 またしばらく間があくかもしれません。 よい時間をお過ごしください。

「哲学カフェ金沢」の公式ブログについて https://kanazawa-philosophycafe.blogspot.com/

2016年11月から毎月、金沢駅近くの喫茶店で行われている対話カフェ 「哲学カフェ金沢」が開かれています。 その公式ブログを作ってみたので、リンクを共有します。ブログの本格始動は、12月以降を予定しています。 https://kanazawa-philosophycafe.blogspot.com/ 哲学カフェ金沢では、テーマの選択や進行も参加者どうしで担って、続いています 。 正しいURLには、kanazawaとphilosophycafeの間にハイフン(-)が入ります。 https://kanazawa-philosophycafe.blogspot.com/

論文を公開しました。「この社会で障害がある人が働き続けられること」のクリティカルシンキング Critical Thinking on Making It a Reality for People with Disabilities to Continue Working in Japanese Society

  論文を公開しました。以下のリンクで、PDFをダウンロードできるサイトに行けます。 願いとしては、自分のテーマとしてこういうことにも取り組む人が続きますように。関心のある方、どうぞ。関心ありそうな方がいらっしゃれば、どうぞ。 https://doi.org/10.57457/0002000271 菊地建至 「「この社会で障害がある人が働き続けられること」のクリティカルシンキング」(2025年12月26日公開、オープンアクセス) Critical Thinking on Making It a Reality for People with Disabilities to Continue Working in Japanese Society 要旨 「身体障害者」「知的障害者」「精神障害者」「発達障害者」などが日本の社会で働く機会も場所もまだ十分にないのが現状であり, そうした就労機会や場からの構造的排除及び排除的な人間関係の克服と支援の充実はこの社会の課題であり続けている。また, 働き始められる人が増えたとしてもそこから継続して長期に同じ職場で働くことができていないことも重要な問題である。この認識のもとで, この社会で障害がある人(People with disabilities in this society)の就労促進と良い就労支援に向けて何をどう考えるか。 本論は, そうした改善を妨げるものとして「その人が職場にいることの意義が明確でないこと」及び「その人の就労を阻害する要因のひとつとしてハラスメントが主題化されていないこと」を指摘し, 雇用者や職場の同僚から見た, 職場で障害がある人が働いていることの意義, 及び, 職場で障害がある人へのハラスメントという問題設定が有用である理由を, 詳論する。これらが本論の特長であると同時に, 本人にとっての就労の意義については詳しく論じないことや, 社会で障害がある人の就業を阻害するハラスメントの調査研究でないことは, 本論の限界である。 *2021年の応用哲学会(第13回年次研究大会)で発表した「職場で障害がある人が働いていることの意義」。2023年の応用哲学会(第15回年次研究大会)で発表した「職場で障害がある人の就業を阻害するハラスメント及び ハラスメント防止の要点」。なんとか2025年内に、それらをも...

2025年 年末

2025年もありがとうございます! 年末年始がこの寒い時期にあるのはどうなんでしょうね。少しでも暖かくしてお過ごしください。 私事では、2024年1月1日の能登半島地震、同年1月6日の母の死去から1年後という時を生きたわけですが、今年の夏頃からかえって一層辛いなと思う日が何度もありました。 体調もそれほど良くはなく、とはいえ休みをいただくほどわるくもなく、結局、毎日良く働いた一年だと感じています。 今年は1995年の阪神淡路大震災から30年でもあり、当時大学院にいましたが、さてここまでに何をどのようにしてきたのか、できたのか。 「ひとつひとつていねいに始める、続けるということに関しては、今年もまあ良し」という思いがありますが、他方で体力気力に衰えがあるのは致し方なく、深く関わることのできる物事・人の数は多くないので、役に立てないこと、申し訳ないこともあったと思います。 一年、一年、あまり性に合わないのですが「果たせたこと」もこれまで以上に意識していこうと思います。 2026年もどうぞよろしく。 みなさんの幸せを願います。 菊地建至

石川県西田幾多郎記念哲学館「哲学講座」で「これからの社会でクリティカルシンキングをどう生かすか」講演・対話を実施しました。

  先日の「これからの社会でクリティカルシンキングをどう生かすか」(石川県西田幾多郎記念哲学館「哲学講座」)について、石川県西田幾多郎記念館のFacebookで紹介されました。 https://www.facebook.com/kitaro.nishida.kahoku \西田幾多郎哲学講座(第8回)を開催しました / 12月13日(土)に西田幾多郎哲学講座(第8回)を開催しました。 講師に金沢医科大学准教授の菊地 建至 氏をお招きし、「これからの社会で「クリティカルシンキング」をどう生かすか」と題しご講演いただきました。 社会のさまざまな場面で、自分の判断をどのようにしたらより良いものにできるか、相手の判断や理解をどのように受け止めるべきか、などといった難しい問題に直面することがあります。 これらに向き合い対処していくためのクリティカルシンキングの考え方や手法などについて、実際の身近な例をもとにしながら、ご講演くださいました。 質疑応答の時間で、フロアから具体的なコミュニケーションの困り事の話が上がり、それに先生が親身に応答されている雰囲気も、とてもリラックスしたものだったのが印象的でした。 菊地先生、ご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。 紹介してくださっています。 ありがとう! いい時間でした。 椅子を手にしている写真は、「選択アーキテクチャ」を講義するひとつ手前でアーキテクチャの影響の話をするときに、「椅子」や「昔と今の列車のソファー」を見せるために椅子を手にしたときのもの。 当日の目次 1 導入 2 「判断」をより良くしたい、判断の良くない人を理解したい 3 質疑応答・対話の時間 4 「選択、意思決定」をより良くしたい、他人の選択も気になる 5 さまざまな違いがあってもそういう他者との良い関係や理解をあきらめずにいたい 6 質疑応答・対話の時間

2025年11月5日 金沢に移ってからしばらく大阪・京都で開いた「対話のある学びの場」など

2015年4月からわたし(菊地建至)は金沢にいます。 5、6年を過ぎた頃からかな、石川県で共に働く人たちとの関わりも深くなってきた頃から、もう何年目ということを思うこともなくなってきましたが、ときどきは振り返りを書くこともしておこうということで。 今回は、金沢に来てから、その後しばらくは、「授業」「対話のある学びの場」などを継続して京都・大阪でも開いていたことについて、メモ程度ですが少し振り返って遺しておきます。   ・大阪教育大学では、2015年9月まで、「道徳教育」「道徳哲学」系の授業を担当した。   ・大阪大学大学院文学研究科(臨床哲学)では、2016年3月までほんまさんとの共同授業を継続し、また、授業や「映像」「対話」のさまざまなイベントで関わったオレンジショップの「さよならオレンジショップ!祭!」に関わったところまで入れると、2017年3月まで待兼山(豊中市)に通った。   ・「中之島哲学コレージュの10年を考える」を、ほんまさん・まつかわさん・鈴木径一郎さんと開いたのは2016年3月で、この時、まつかわは岡山から、わたしは金沢からの来阪組。   ・以下は、京都でのいくつか「対話のある学びの場」のこと。大きく分けると2種類のものだが、どちらも種まきとして少しはお役に立てたのかなと思う。わたしのすることはたいていその程度です。   A 加茂直樹先生から紫明会館(京都市)で市民の学びの会を考えているので協力をと声をかけられ、開かせていただいたのが次のような「対話のある学びの場」(制作・運営・ファシリテーションなど)。こうして見ると、10年前の企画だがまたあってもいいなと思う。素晴らしいゲストと参加者の皆さんにも恵まれ、ありがたい時間だった。ゲストの方々は、現在、一層活躍されています。お名前を見て興味を持たれた方は、是非、現在のお仕事にもご注目を!   ◎シリーズ「どう知り、どう生きるか」(市民的リサーチ) 第1回 2015年9月13日 「個人の自由と社会的強制のありよう」(ゲスト 児玉聡さん[京都大学]) 第2回 2015年10月11日 「差別はなぜ悪いのか?」(ゲスト 堀田義太郎さん[東京理科大学]) 第3回 2015年11月1日 「学校の中で、商業的でないカフェを運営することや溜まり場を排除しないこ...

2025年8月1日 「ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』をどう読むか」のひとつのアイデア

  夏休み中の学生から「ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』をどう読むか」の助言がほしいという連絡があり、ふと昔に引き戻された感じで、ここでも少し情報共有しようと思いました。 試してみようと思われる方がおられるかもしれないかと。 10年以上前ですが、『ツァラトゥストラはこう言った』(岩波文庫)を読んで対話する会を開いていました。イメージとしては、わたしがツアーガイドのような形で「今日はこことここを訪ねます、いろいろ話もしましょう」と、いくつかの章を参加者と一緒に訪ねて対話するという会でした。 『ツァラトゥストラはこう言った』に関してはそういう読み方が良いのかなと思うのですが、そういうガイドぬきで一人で読むとすると、一回目の読書は、下記の(章の)リストの中から関心があるものだけ詳しく読むというくらいで(飛ばし飛ばしでも)第一部から第三部の中盤まで読み進めてみるのはどうでしょうか。 第一部 「身体の軽蔑者」「読むことと書くこと」「山上の木」「戦争と戦士」「市場の蠅」「友」「隣人への愛」「贈り与える徳」 第二部 「鏡を持った幼な子」「至福の島々で」「有徳者たち」「毒ぐもタランテラ」「名声高い賢者たち」「舞踏の歌」「墓の歌」「自己超克」「悲壮な者たち」「大いなる事件」「預言者」「救済」「処世の術」「最も静かな時」 第三部 「旅びと」「幻影と謎」「来ては困る幸福」「通過」「脱落者たち」「帰郷」「三つの悪」  飛ばし飛ばし第三部の中盤まで読んで、その先も読みたいと思えば、また尋ねてください。その際は、「ツァラトゥストラの序文」や第三部後半を読むアドバイスをまたお伝えします。 *『ツァラトゥストラはこう言った』の前に『曙光』や『喜ばしき知恵』を読んでみてニーチェをもう少し読んでみようと思ったら、それから『ツァラトゥストラはこう言った』に向かうというのも一案だと思います。 2025年8月1日 菊地建至